毎日新聞東京本社版 2000/1/17(月) ウイークリー文化 知の楽しみ <21世紀の読み方>



生活再建に程遠い復興政策

震災から5年 問題は山積

早 川 和 男



 「死んだ人々は還ってこない以上、生き残った人々は、何が判ればいい」

 震災から5年の間、いつも私の脳裏にあったのはフランスの詩人ジャン・タルデューの言葉である。阪神淡路大震災は日本社会の根底を揺るがしたが、どれだけ真剣に受け止められているのか、私には疑問だらけである。

 第一は、被災市民に背を向ける政府や地元知事、市長や議員、それを支持する学者・専門家などへの疑問である。彼らは一体、何のためだれのために存在しているのか。

 1997年10月の神戸市長選挙に際して、毎日新聞は電話世論調査で「震災後のまちづくりで重要なもの」を質問した。回答(複数)の一位は「被災者住宅対策」49%、二位「公的支援法成立の働きかけ」27%、「神戸空港推進」3%だった(97年10月22日神戸版)。

 だが神戸市は個人補償はしないという村山富市内閣に追随し、町に戻れる住宅対策を行わず、厳寒の避難所で千人近い死者、山や島の中の仮設住宅で300人近い孤独死や自殺、膨大なアルコール依存症を出した。そして震災前と同じ大規模開発をつづけた。十兆円近い復興公共投資は兵庫県外の大企業を潤しただけ。失業率は全国4.6%に対し、6.5%、神戸市は十数%で最悪(99年)である。不況に苦しむ被災市民につけこんだ「市営神戸空港の経済効果」宣伝も白々しい。損傷を受けた住宅や店や町工場を修復したり、小規模な福祉施設や集合住宅を多数つくったり融資を図る方が、地元での消費雇用効果は大きく、住民は町に戻り、暮らしの再建に役立つ。

 神戸空港は「阪神・淡路復興委員会」でも議論になった。95年2月24日の初会合で特別顧問の後藤田正清氏は質問した。「神戸空港を復興計画へ書く意図は何か」。笹山幸俊市長「防災都市として必要という結論です」。後藤田氏は当時を振り返りこういう。「庶民の暮らしの再建、復興に配慮が足りなかったことに今でもうらみを持っている」。川上哲郎委員(現住友電工相談役)も「あの時期に空港の話をするのは唐突で不謹慎だった」と(99年12月6日本紙朝刊=大阪)。復興委員会はなぜこういう意見を尊重しなかったのだろうか。

 市民派空港の是非を問う住民投票条例直接請求に31万人署名したが、市長も市議会も一顧だにせず拒否。また本来、権威や権力から独立し市民に奉仕すべき大学教授の一部は何の反省もなく行政と癒着し、隠れ蓑の役割を果たしている。ないがいのがくしゃによる「復興検証」も現象面の批判や提言が中心で、本質を見ようとするものは多くない。

 第二は、犠牲者のほとんどは住宅の倒壊が原因で、自助努力と市場原理による戦後の住宅政策が低質・欠陥・老朽住宅などを氾濫させたのに、政府にも自治体にも反省がない。震災後の95年5月、住宅宅地審議会は「住宅供給はより一層市場原理にまかせるべき」と答申、委員の兵庫県知事や神戸市長も追随した。住宅の耐震補強は進まず、市民の関心も低い。これでは、多数の大地震の予想されている21世紀、日本は震災列島となろう。

 犠牲者の33.7%は70歳以上、53.1%は60歳以上で高齢者災害でもあった。介護保険などが整備されても、住宅が安全でなければお年寄りのいのちは守れない。震災でコミュニティの大切さが明らかになったのに、昨年12月住民を追い出す定期借家制度が制定された。これでは在宅福祉は成立しない。

 第三に、震災後、自衛隊初動態勢の遅延など危機管理の欠如が指摘されたが、日常から市民のいのちや健康・福祉を守る居住環境づくりこそ危機管理であるという認識が必要である。

 たとえば、老人福祉施設などに避難した高齢者は救われた。老人施設は心身の弱った人たちの健康や生活を支えており、いのちを守ることはその延長線上にあった。だが、神戸市の老人福祉施設は12の政令指定都市の最低水準で、かつ大部分は山の中にあった。市街地内の公園は日常、市民の憩いの場であるが、災害時には延焼防止空間となる。だが、神戸市の「公園」はほとんどが大規模開発団地や六甲山中にあって、防災に役立たなかった。

 第四に、復興政策が生活と営業の再建に寄与しないのは、復興計画策定に被災者が復興計画策定に被災者が参加していないからである。96年6月、イスタンブールでの第二回国連人間居住会議は、すべての政府は国民に適切な住居を保障する義務を負うという「居住の権利宣言」を採択し、その中で「居住政策策定への参加」も「居住の権利」であると述べた。今からでも遅くない。復興委員会の半数は被災者の代表に交代し、全情報を公開し、疑問の多い市営空港を中止し、市民とともに復興計画をつくり直し、安全で安心して暮らせる(筆者のいう)「居住福祉」社会の構築に取り組むべきである。

 被災地の光景は日本社会の縮図であり、復興のあり方は21世紀の日本の行く末を示している。



早川和男  はやかわ・かずお 

神戸大学名誉教授、長崎総合科学大学教授。
1931年奈良市生まれ。京大建築学科卒。工学博士。
主著に「空間価値論」「住宅貧乏物語」「居住福祉の論理」(今和次郎賞)など。


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