「上筒井から」Vol.11(Nov. 2001)

<特集 国連社会権委員会最終見解>
はるけくも来つるものかな


 阪神大震災直後の1995年3月26日瓦礫の中で行われた「ぼちぼち行こか西宮」の集会で、初めて国連社会権委員会へカウンターレポートを出そうと発言したことを昨日のことのように覚えています。政府レポートの提出が遅れ6年目にしてようやくカウンターレポートの提出が実現しました。8月13日からジュネーブで開かれた会期で18人の社会権委員を前にCOHRE(震災の年に調査団を派遣してくれたHIC の中心組織でスコット・レッキー氏主宰する国連NGO)のメンバーとしてプレゼンテーションを行い、21日の審査に臨みました。31日に発表された委員会の「最終見解」は、短期間の間に膨大な資料を読み込んで鋭く日本政府の社会権規約実施状況に対する問題点を指摘しています。その精力的活動には驚かざるを得ません。震災以来、何とかの一つ覚えで「居住の権利」を言い続けてきたので、「居住の権利」に関する部分を中心に私の評価を述べてみたいと思います。

(1)社会権規約の裁判規範性
 人権を自由権と社会権に分類すると「居住の権利」は社会権に分類されます。社会権は、社会保障など国会が予算を付けて初めて意味を持つ場合が多いので、国会が立法しない限り政府の政策目標であって、個人が裁判所に訴えて認めてもらえる権利ではないという立場を、政府や裁判所は取ってきました。これでは社会権は基本的人権だと言っても「絵に画いた餅」になってしまいます。国連の社会権委員会では、社会権規約の解釈を示す「一般的意見」で1991年頃から、社会権の中にも裁判所が認めることができる、また、認めるべき権利があることを示してきましたが、日本の裁判所は今も旧態依然の態度をとり続けています(最新のものとして大阪市西成区のホームレスの人々に対する行政代執行を違法でないとした大阪地裁第7民事部7月12日結審・11月8日判決)。
 委員会は、このような裁判所の態度を誤っていると指摘し(30項)、「規約の条項が、実務において直接適用可能なものとして解釈されるようになることを強く勧告」(33項)しました。これは画期的なことで、今後、裁判所は、国連の解釈・「最終見解」を尊重した判決をしなければならなくなりました。日本政府は、2006年6月が提出期限の第3回政府報告書でこの勧告をどのように実施したか報告する義務があります(62.63項)。裁判所が今までと同じ態度をとり続ければ、今回以上に厳しく「最終見解」で批判されることを避けられません。裁判所の変化を期待して倦まず弛まず社会権を主張し続けましょう。

(2)阪神大震災被災者・生活再建・孤独死・住宅ローン(27.54、28.55項)
 孤独死の問題を強く訴えましたが、経済的側面は必ずしも十分に指摘されていません。しかし、高齢者のおかれている状況については鋭く指摘されていますし、住宅ローンについては強い勧告がなされました。

(3)ホームレス(29.56項)
 本年7月に日本担当のアイベ・リーデル委員(ドイツ・マンハイム大学教授)を大阪弁護士会にお招きし、釜が崎の実態を見ていただいたので、包括的な対策がないことを指摘し、原因を調査し、住居がないから生活保護を適用しないという本末転倒を改めるよう重要な意味を持つ勧告がなされました。

(4)強制立ち退き(30.57項)
 「居住の権利」の中でも、「占有の法的保障」は最も根元的な権利で、その反対物である「強制立ち退き」を委員会は強く非難してきました。今回、強制立ち退き、とりわけホームレス、ウトロの住民に対する強制立ち退きに懸念を表明し、特に、簡単な書面審理だけで理由も書かない仮処分決定で強制立ち退きを命じ、事実上執行停止が認められないために、住居が解体され上訴を無意味にしてしまう仮処分手続は規約違反であるとの指摘とがなされました。委員会が今回の勧告で規約違反と言い切ったのはこの箇所だけです。これは、震災で損壊したマンションを解体して建て替えるか、修繕するかの問題をめぐって、仮処分で修繕を主張する住民を強制立ち退きさせて、或いは、都市再開発で権利変換の不当性を訴えている住民を強制立ち退きさせて、その所有建物を解体してしまうという日本の裁判の実情が、「居住の権利」、「公正な裁判を受ける権利」(自由権規約14条1項・通常の家屋明け渡し訴訟では証人尋問が認められ最高裁まで3審制の裁判を受ける権利が認められ、判決が確定して初めて執行される)の重大な侵害であることを委員会が認めたものとおもわれます。その上で委員会は、あらゆる強制立ち退き、特に仮処分命令が、「一般的意見」4,7の指針に合致するよう是正措置がとられるべきことを勧告しました。これは、現在の日本の強制執行、仮処分による強制立ち退きのあり方に重大な変更を迫るものです。

 フォロー・アップ
 8月21日の審査のあと外務省が委員とNGOを招いたドリンク・パーテイーを開きました。その席で、バージニア・ダンダン委員長から、これから自分たちの出す「最終見解」を日本国内でフォロー・アップしてその結果を是非委員会に報告して欲しいと言われました。私たちは、「最終見解」を国内で実現すべく、政府・自治体と「建設的対話」を根気よく繰り返し、裁判所で主張し、その結果を国連に報告しましょう。

弁護士 K. K.


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