神戸YWCA機関紙
2007年度6月号 トップ記事
| 私たちの平和憲法 | ||
| 『戦争で得たものは憲法だけ』先般亡くなった作家の城山三郎氏の言葉だそうである。感受性の強い少年の日に敗戦体験を持つこの作家が私は好きだったから素直に「そうよ、憲法は素敵な盾だったのね、お陰で六十年我々は守られたの」と一人納得していた。破壊以外に何ももたらさないはずの敗戦からの贈物。さまざまな思惑が渦巻いての結果と言われても構わない。人を死なせなかった長い年月こそ誇るべきものだろう。 節目の年という訳で五月は改憲・護憲・加憲と論議が各地でなされた。自由に主張できるのは良い、だが数を頼み 押し切ることや、都合のいいように誘導するのは絶対に許してはいけない。ただの手続法として国民投票法を軽く見ては絡めとられる怖れがある。自ら学び、立つ場を固めておきたい。憲法が国民のためのものであり、権力を持つ側に好きにさせない役目を持つことを意識しておこう。全世界を巻き込んだあの悲惨な第二次大戦の痛烈な反省の上に立ち、そして戦禍に多くを失った人たちの祈りともいえる平和への希求、それを支えに理想の未来を託したのが憲法だったと私は考えている。 アメリカの押付け論はあまり意味をもたない。しかし全世界がただひたすら平和を願った期間は長くはなかった。 アジア・アフリカなど戦火の絶えることがない。弱者がより理不尽に扱われるのが戦争である。渦中の子供に心が痛む。だがいまや武力は平和をもたらさないとイラク・アフガニスタンが証明してみせた。こうなると紛争解決の手段としての武力と交戦権を否定した『第九条』は極めて現実的である。国民投票法の成立を期にもう一度平和憲法に思いを致しそもそも改正が必要なのか、どこをどのように変えようとしているのかじっくり観てみよう。二十年あまりまえ或る改憲論者の案を聞いた。第一条を基本的人権とし、天皇条項はすべて削除というものである。少し驚きながらなるほどとも思った。人の数だけ改正案はあるのかもしれない。 第十二条に『不断の努力』とある。国民の自由と権利の保持には努力も必要なのである。 憲法自体そんなに長大ではないし読みにくくもない。可愛らしい冊子もある。もしまだの方があれば一読をお勧めする。翻訳調との批判もあるが当時の人たちの熱意が伝わってきて(特に前文)胸を衝かれる。戦争体験者が少なくなった今、若い方にお願いしたいのは求めて体験者の話を聴いてください、歴史を美化せずに認識して未来に活かして下さいということ。身近に資料はいっぱい在ります。 |
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| (会員 影山 雅子) | ||