「上筒井から」Vol.2(Nov. 1998)

全国地域寄場交流会


 7月初旬というのに、夏日となった今年(1998年)の交流会。今年度は路上生活を強いられる人達の支援団体から200名余りの人がこの神戸に集まりました。今回は神戸の冬を支える会を中心に、大阪・京都をはじめ近隣の団体の協力を得て無事開催される運びとなりました。日程は前々から決まっていましたが、これだけ大勢の人を受け入れるだけに場所の確保、またプログラムのセッティングなど実行委員会の中で何度も議論されていたようです。神戸YWCAの夜回り準備会でもどのような形でこの交流会に参加するのかと何度か話し合う機会を持った。しかし実際に関われるのはほんのちょびっとだけ、私なんてあまり戦力にはならなかった気がします。

 夜回りをはじめて2年が経ち、いろんな方とお会いしてきましたが今年度は今まで以上に多くの方とお会いする結果となりました。震災以降徐々に路上生活をする方が増えていく中で活動そのものをもう一度見直し、取り組んでいかなければといった想いが強まるばかりです。タイミング良く、私にとってこの寄せ場交流会に参加できたことはすごく意義がありました。

 灘のカトリック教会が今回の会場となり、神戸からの発信といった視点から狩谷さん(神戸の冬を支える会)と吉山さん(兵庫県被災者連絡会)のお二人の基調講演からプログラムは始まりました。神戸の野宿の問題では、震災以後見えてきた事柄、あるいは支える会の活動を中心とした発言でした。会場から西宮で起きた殺人事件の事、また生活保護や居宅保護についてや女性の対応などの質問などが相次ぎました。

 神戸の路上生活の状況では福祉事務所によって対応は様々で生活保護を受けようとしても“住む所を探しなさい”と言われたり、“60歳を越えてなかったら働けるだろう”と突っ返されたりといった具体的なケースを挙げた話。被災地の状況で言えば被災後会社の事務所などに入っていた人は仮設に移れなかったり、路上で生活していた人には罹災証明が発行さなかった事、孤独死だけでなく病院や他の場所で亡くなった方が1千世帯以上にも上っていることなどとまだまだ癒えない神戸の状況を伝えていました。中には仕事の為に仮設を離れ路上生活して生活されている方も居られるといった現状。支える会の越年対策期間中に出会った路上生活者の中で多くの方が罹災証明書を持ちながら、ほとんど仮設住宅に入れなっかたといった話も出て、“震災と路上生活”2つには共通する問題があることが伺えました。そのためか2人の発言共に皆さん真剣に耳を傾けていたのが非常に印象的でした。

 第2部では分団会による話し合いが持たれ、新宿、山谷、寿、釜ヶ崎、名古屋などで活動している15名のグループに参加しました。ここでは路上生活者の低年齢化、仕事の状況や施設などについての情報交換、あるいは襲撃や強制追いたて、行政の対応や施設等の問題点などについて話し合われました。名古屋では林裁判から生活保護が受けやすくなった話や、釜ヶ崎で当事者向けに生活保護を紙芝居で解説することで生活保護申請に行く人が増えるといった効果的な取り組みなど、ほんのささいなことから当事者の心をつかみ次のステップにつながったこれらの事例からほんとに学ぶものが多くありました。この分団会に参加したことでまだまだ私たちが取り組めるものが沢山あること、また非常に深い問題に足を踏み入れてしまったといった不安とそれでも関わりつづけていこうという勇気を与えられた気がします。

 2日目は肌を焦がすほどの日照りの中、オプショナルツアーの1つである本町公園に総勢30名の方と共に参加し、被災者連絡会の河村さんや田中さんの話に耳を傾けていました。何よりも皆、本町公園に建てられた家に非常に興味を示しあまりの立派さに驚いていました。

 今回の寄せ場交流会で全国の方が少しでも神戸に関心をもって、私たちの活動もより幅の広いものになればと思いました。その為にはまず、より多くの神戸の人にも関心を持ってもらえるような、あるいは当事者主体の取り組みが出来ればと願っています。

(1998年11月・理)


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